不登校 はじまり

始まりは突然では

なかったのだと思います。

SOSの信号はずっと前から

出していたはず。

4年生までは友達を家に呼んだり

学校が終わると、

すぐサッカーボールを小脇に抱え

遊びに行く毎日でした。

ある時、「もう2度と行かない」

と言い出しました。

理由を聞くと

「いつも自分ばかり

我慢している」と。

いつも10人くらい集まり、

今日は何をして遊ぶかという

話になるけど、

長男はサッカーがしたい。

でも、今までみんなに合わせて、

違う遊びをしてきた。

それはそれで楽しかったけど、

毎日 毎日 他の子の

やりたいことばかり優先して

ただの1度もサッカーをしようと

言ってはもらえなかったと。

本当の友達なら、

「今日はサッカーしようか」と

誰かが言い出して

くれてもいいのに、

自分がやりたいって言っても、

誰も同意してくれない。

自分はいつもみんなに

合わせてばかりだ。

誰も自分の事を

思ってくれないなら

そんな奴らと友達でいる

必要はない。と。

放課後遊びに

出かけなくなってから

学校でもうまく

コミュニケーションが

取れなくなっていった。

そして、いじめが

始まったのだと思う。

いじめる子たちは、

先生の目を盗んで

執拗にちょっかい

かけてくる。

休み時間に廊下で足を

引っかけて転ばせたり

階段を下りてる最中に

突き飛ばされたり

首を絞められたり

多分、私には言えない事も

たくさんあったのだろうと思う。

夜に突然、

全身に蕁麻疹ができた。

あまりの多さに

蕁麻疹同士がくっついて

お腹や背中に世界地図の

大陸のような、見たことがない

酷いものだった。

すぐに救急病院に行き、

点滴を受けた。

次の日、専門の病院を受診して

その蕁麻疹が心因性のもの

であると説明された。

時間をかけて心に溜まっている

ものを吐き出させた。

自分が嫌がらせされている事も

話してくれた。

私は、子供に「やり返しなさい。

それで相手がケガをしたなら

お母さんが相手の親に

いくらでも謝る。

学校が何か言ってきても、

お母さんが反撃するから、

そこまでされて、黙ってることない。

やり返しなさい。」

と言いました。

それから数日たった時、

いつものように「やる」側は

先生に見えないように

嫌がらせを続けました。

授業中も背中をペン先で

何度も突いたり、

髪の毛を引っ張ったり。

そして 

ついにその時が来ました。

立ち上がり、後ろの席の

「やる」側の奴の胸ぐらをつかみ、

「いい加減にしろよ」と椅子から

引きずり下ろし、

馬乗りになりました

授業中であろうと、

先生がいようと

その時の息子にはそんなこと

関係ありませんでした。

我慢の限界はとっくに

超えていたので

自分の気持ちをコントロール

することなど

出来なかったのです。

当然、先生はすぐに

止めに入ります。

事情は聞いてはもらえますが、

それまで受けた苦しみまで

理解できるわけがありません。

そして、学校の方針は 

「やられても やり返してはいけません

謝りなさい。」

息子に向けられた「謝りなさい」

この一言

これが、「自分以外はみんな敵」

と思うきっかけとなった言葉でした。

当然、息子は頑として謝らず、

次の日から学校に行くことを

拒絶しました。

ここから不登校のはじまりです。



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